絆〜Pieces〜 No.53
自分自身を認めて、生きていくこと。
「障害者」であることに、引け目を感じないこと。
例え、出来ないことが、多かろうと。
今までのようには、いかなかろうと。
幸せかどうかは、自分で決める。
あたしは、幸せだ。
車椅子で生活をするようになったからこそ、
見えるようになったこと、気付けるようになったこと。
それは、出来なくなったことよりも、
もしかしたら、たくさんあるかもしれない。
障害を抱えたからこそ、出来た仲間たち。
あの日、あの時、あのタイミングで。
そのすべてが、揃わなかったら。
出逢うことのなかった、仲間たち。
同じような障害を抱えているからこそ、わかること。
同じような障害を抱えていても、わからないこと。
それは、それぞれに、あるけれど。
助け合う、笑い合うことの大切さを、
何も考えずに、胸に響かせてくれた仲間たち。
歩けていた頃と、まるで同じように接してくれて。
だけど、いざという時に、頼らせてくれる友達。
もちろん、このカラダになって。
離れていった、友達も、いないワケじゃない。
だけど、その友達たちもきっと。
何年かして、ふと思い出してくれるかもしれない。
街のどこかで、出会うかもしれない。
そのとき、笑って、いたいと思う。
直接、顔を合わせたワケじゃなくても。
それでも、応援してくれる、支えてくれる人たち。
全部全部、みんなみんな。
かけがえのない、たからもの。
あたしは、幸せだ。
あたしには、発症した日がわからない。
このカラダになってしまった日が。
病気は、気付かないうちにやってきて、
気付かないうちに、侵食していったから。
事故の人には、事故った日があって。
言い方はおかしいけれど、羨ましく思う。
ある意味、第2の人生が始まった日。
例え、その日の記憶がほとんどなくても。
その日は、2つ目の、誕生日。
そう思えるようなったら、素敵だと思う。
毎年、その日がきたら。
1年を振り返って、また少し大きくなって。
毎年、祝ってくれる仲間が増えて、
その分、やっぱり大きくなって。
心の強い人に、なれるかもしれない。
そんな、2つ目の誕生日が、
だいすけに、やってきた。
あたしたちは、ささやかなお祝いをした。
だいすけはきっと、まだ少しだけ葛藤していて。
自分を認めたつもりで、どこかで否定していて。
それを、繰り返していた時期だったから、
本当は、お祝いなんて気分じゃなかったのかもしれない。
だけど、少しでもいいから。
出逢えた奇跡を、認められたら。
何かが変わって、だいすけ自身も、
苦しまなくて、すむのかもしれない。
あたしは、そう思って、いたんだ。
事故の日・・・夏の日の、夕方。
今年より、来年、来年より、再来年。
出来るようになったことや、楽しかったこと。
2人で見つけた幸せや、2人だから見れた景色。
そんなことを話しながら、一緒に成長していけたら。
そしたらきっと、だいすけの、本当の笑顔を。
見ることが、出来るんだろう。
そしたら、そのときは。
心からの、おめでとうを、たくさん伝えるんだ。
それまで、焦らず、ゆっくりと。
だいすけの時間の流れを、大切に。
見守って、支えてあげたいと、思った。
本当に、心から。そう、思った。
純粋に、小さな不安も、何もなく。
・・・不安という、何もかもを、忘れて。
〜続く〜

↑相変わらず、足がゾウさんです。キリンさんのほうがもーっと・・・